佐藤あかりさんの就職成功体験談|株式会社わんや

年齢:22歳(インタビュー時)  学歴:大卒  勤続年数:1年目

BEFORE

新卒入社した会社を2週間で退職

AFTER

母の背中を見て憧れていた、健康・医療関連の会社に就職

小さな頃から負けず嫌い

子供の頃からとにかく自分に負けるのが嫌いでした。人と比べてではなく、「自分にやれないことはない」という気持ちで、いろんなことに全力で取り組んでましたね。

3人兄弟の一番上で、弱々しいところは見せたくないっていうのがあったのかもしれません。

中学の時は吹奏楽部で副部長をやってました。

1年、2年、3年と、上に行けばいくほどリーダーシップを求められるし、副部長だったので、誰よりもうまくなきゃいけないっていうプレッシャーもありました。

その時も「下手な自分が嫌だ」という気持ちで頑張ってました。

初心者なのに強豪校のトップに抜擢、プレッシャーと戦った高校時代

初心者なのに強豪校のトップに抜擢、プレッシャーと戦った高校時代

高校では、オーケストラ部に入ってチェロを始めました。

私の高校は、オーケストラ部が何度も全国一位になっているような強豪校で、周りは「生まれた瞬間からバイオリン弾いてます」というような子ばかり。

そういう環境でやるのはすごく大変でしたが、そんな中で、初心者の私がチェロのトップになってしまったんです。

トップというのは“オーケストラの心臓”とも言われていて、その楽器の中で一番上手い人が選ばれます。

初心者なのにチェロのトップに抜擢されたことには、ものすごいプレッシャーを感じましたね。

周りは小さい頃からやってるベテランばかりで、プロになるような方もいっぱいいて、そんな中、私はまだ3年目っていう…。

日本一の強豪校だったので練習も死ぬほど厳しいですし、朝から晩まで弾いて、家でも弾いて…。

それまでの人生で一番強いプレッシャーを感じてました。

自分に負けたくない一心で、最後までやりとげた

そんなプレッシャーの中でも逃げ出さずにやり抜くことができたのは、やっぱり「自分に負けたくない」という気持ちが強かったからだと思います。

「もう嫌だ」と思うことがあっても、出来ない自分が恥ずかしいし、逃げ出すのも嫌だと思ったんです。

あとは両親がすごく応援してくれていたのも大きいですね。

演奏会とか大会って、一般的には親はあまり来ないんですけど、私の両親は全部の大会に来てくれました。

それもあって、「つらい、やめたい」と思った時も、「両親がこれだけ応援してくれてるんだし、やっぱり続けよう」って思えました。

オーケストラ部で一番大変だったのは、最後に行ったヨーロッパの演奏旅行です。

やっぱり、ヨーロッパで弾くというプレッシャーは大変なもので。

でも弾き終えた後、観客の皆さんが立ち上がって拍手をおくってくれて…。

最後をスタンディングオベーションで締めくくることができたので「よく頑張った、私!」って自分でも納得のいく形で幕を閉じることができました。

看護師に憧れてたけど、洋服も好きだったので、家政大学へ

将来については、幼稚園の頃からずっと“看護師になりたい”と思っていました。

私の母が看護師で、その背中を見て「かっこいい!」と思っていて。

ところが私、英語が苦手で、看護大学は英語が必須で、行きたい看護大学に行くにはどうしても英語の点数が足りなかったんです。

そこで母に相談したら、「社会経験を積んでから看護の道に進む人もいるから、今、看護大学にいかなくても大丈夫」って言ってくれて、その言葉で吹っ切れました。

それで、私は洋服が好きで、家庭科も得意だったので、学校の先生を目指そうと思って家政大学に入りました。

最初は先生を目指していたんですけど、学べば学ぶ程、憧れが現実になって、違和感があって、結局先生を目指すのはやめました。

そこからはいろいろチャレンジしてみようと思って、バイトを頑張ってましたね。

社会勉強として接客業が良いと思っていたので、焼肉屋さんとか喫茶店とか、あとアパレルの販売もやってました。

アパレルバイトでも負けず嫌いを発揮して、実績を残す

アパレルバイトでも負けず嫌いを発揮して、実績を残す

最終的に3年間続いたのがアパレル業界でのバイトです。

新宿の駅ビルの店舗で接客してたんですけど、バイトながら目標も設定されて、いろいろ鍛えられましたね。

「達成するためにはどうすればいいかな」とか、「まだ今月あと何十万足りないから頑張ろう」とかすごく頑張ってました。

…最初は、“家政大学行ってるからアパレルの販売なんて余裕だろう”って思ってたんです。

でも思ったよりずっと難しくて…。それで、販売員を始めてから1年くらいたった時に「学校の知識だけじゃ足りない」と思い、販売士検定とかいろんな資格をとりました

この時もやっぱり「自分に負けたくない」っていう気持ちが原動力でしたね。

でもその甲斐あって、知識が増えると売上も上がりました。

「こんなにやったんだから売れるだろう」っていう自信もつきましたし。

最終的には「社員にならない?」って言ってもらえるくらい実績を残すことができました。

アパレルバイトをやりきった結果、限界を感じ就活では違う業界へ

家庭科の先生を断念した後、最初はアパレル業界に就職する気だったんですが、1年間、本気で販売員として頑張ってみて、「先が見えないな」と感じました。

店長になるにも何年もかかるし、本社にいける人は一握りです。

それから、売上をあげるためには、店舗で売り出してる服を買わなきゃいけないので、お金がたまらないんです。

それで結局、就活の時はアパレル業界を外しました。

BtoB企業への憧れもあり、第一印象の良かったIT企業へ入社

BtoB企業への憧れもあり、第一印象の良かったIT企業へ入社

大学3年生になってすぐに自己分析、企業研究を始めたんですけど、その中でブライダル業界IT業界に興味を持ちました。

そこで、大学3年生の7月にまずブライダル業界、その後IT業界、と見ていく中で、最終的にはご縁があったIT企業に入社しました。

なぜIT業界を志望したかというと、ずっとアルバイトで接客業をやっていたので、BtoB企業に対して憧れがあったからです。

あと、私はゲームやパソコンもすごく好きだったので、IT業界もいいかな、と思いました。

入社の決め手は、条件が良かったこともありますが、社長の印象がすごく良かったことです。

社長と話していて「なんていい会社なんだ」って思えるような会社で…。

ブライダル業界の会社もいくつかインターンには行ったんですが、働いている人にあんまり良い印象を持たなかったんですよね。

その点、このIT企業はすごく良い印象で。

それで、大学3年が終わる2月、4年生になる前にもう内定をいただけました。

就活中はジェイックの新卒向けのセミナーとか、他社の自己分析の研修とかもたくさん受けてて、自信満々の状態で就活していたので「もうこれで大成功でしょ!」と自分では思っていました。

大成功の就活が一転、入社して2週間で退職

大成功だと思っていた就活でしたが、その会社は結局、入社して2週間でやめてしまいました。

1週間働いて、1週間お休みして、その2週間で退職です。辞めた理由は3つあります。

1つ目は勤務条件が違ったことです。

東京の本社勤務という条件で入社を決めたんですが、内定式で突然「お前ら全員、全国勤務だから」って言われたんです。

東京勤務と書面 にきっちり書いてあったので、私は思わず「私たち全員、東京勤務じゃないんですか?」と言ったんですけど、「そんなわけないじゃん」と言われてしまって。

もうその瞬間に、内定者全員「え?」という感じで不信感でいっぱいでした。

それでも、入社したら変わるかな、という期待もあったんですが、結局変わりませんでした。

それどころか、私たちに東京勤務だと言って内定をくれた人事担当者も、不祥事を起こして解雇されてしまって…。

それもあって、「この会社の人大丈夫?」って、不信感がどんどん大きくなっていきました。

2つ目の理由は残業です。

入社式の日、朝8時集合で、いきなり夜9時まで残業だったんです。

それが初日から毎日続いて、レポート作成とかで、常にパソコン入力している感じでした。

それが普通なのかな、って当時は思っていたんですけど、体が追いつかなかったっていうのが2つ目の理由ですね。

3つ目の理由は飲み会です。それが一番耐えられなくて…。

働いていた1週間の間、夜は毎日飲み会だったんです。

1、2時間だったらいいんですけど、夜9時まで残業した後、終電で帰るという感じで毎日本当につらくて。

飲み会でのセクハラもあって、体だけじゃなくて、心もついていけなくなってしまいました。

結局、条件、残業、飲み会の3つが原因で、体を壊してしまったんです。

金曜まで働いて、金曜の夜から嘔吐が止まらず、39度まで出た熱も下がらなくなってしまって…。

特に胃の調子が悪かったので、胃腸科に行ったら、先生に「もう仕事やめなさい。うつ病になっちゃう」と言われて。

「あなたは強いかもしれないけど、体の中はギブだからやめな」って。それで退職を決めました。

「自分に負けた」人生のどん底から、両親の一言でジェイックに電話

退職した時は、「自分に負けた」と感じて、人生のどん底にいるような気分でした。

「私はこんなに心も体も弱いんだ」って実感して、不安に押しつぶされそうになりました。

あんなに研修を受けたりして、努力して、お金も時間も費やして、これ以上はないくらい就活を頑張ったのに、こんな結果に終わるなんて…。

「もう就活なんてしたくない」とその時は本気で思いました。

それで、両親に「フリーターになろうかな」って言ったら、激怒されたんです。

猛反対されて、正座させられて「このままで本当にいいのか?先が見えない状態でいいのか?」と言われて。

退職直後で、心身ともにボロボロな状態だったので、思いがけず冷たい反応にショックを受けました。

「大変だったね」とか、「しばらく休みな」とか、もう少し優しい言葉や反応を期待していたんです。

だから最初は反発して、「フリーターなんていっぱいいるし」って思ったんですが、両親がこんなに本気で説教するのは、自分たちのいろんな人生経験から言ってくれてるんだな、と思って。

“フリーターと正社員は待遇も全然違うし、やっぱり正社員になることが大事だ”と思って、すぐに転職エージェントを調べ始めました。

親に言われてからの行動は早かったですね。

自分のことを真剣に考えてくれるジェイックスタッフの熱意に感激

自分のことを真剣に考えてくれるジェイックスタッフの熱意に感激

最初はジェイックだけじゃなくて、いろいろな転職エージェントを調べてたんですが、まずは、就活セミナーでお世話になったジェイックにいこうと思いました。

当時の講師の印象がすごくよかったのと、スタッフがみなさんすごくフレンドリーで、一人ひとりの話をきちんときいてくれた印象があったからです。

ジェイックの「7つの習慣」の講義は、就活中、唯一楽しかった思い出でしたし。

それでジェイックに電話して、今までの経緯や今の気持ちを話し、今後どうしたらいいか、という相談をしました。

すると就職アドバイザーの方は、「空白期間があるとうまくいかないし、1か月遅らせるだけでも、がらりと変わる。早目に行動した方が熱意が伝わるから早くやろう!!」って言ってくれて。

それを聞いて、「なんでこの人はこんなに本気で私のことを考えてくれるんだろう」って泣きそうなくらい感激しました。

家族には突き放されたような感じがしていたので、唯一優しくしてくれたのがその方で、本当に嬉しかったんです。

その時に「ジェイックにお願いしよう」と決めました。

…そのあと改めて面談した時も、やっぱりジェイックの人たちはみんな本気で向き合ってくれてるんだなって感じました。

接客をやってたので、余計思うのかもしれないですが、上辺で話をしている人が多いんですよね。

ここまで私の目を見て、質問をしつつ私の話をしっかり聞いてくれて、ノートまでとってくれて…という経験はそれまでなかったので、キャリアカウンセリングでますます「ここなら信頼できる、ここで頑張ろう」っていう気持ちが強まりました。

体調不良の中、女子カレッジを受講

私は女子カレッジに参加したのですが、女子カレッジ受講中、実はそれどころじゃないくらい、まだまだ体調不良が続いていました。

でも、逆に何もしてないときの方が怖かったんですよね。誰もいない中で、ひとりになった瞬間に、自分を責めちゃうんです。

体調はなかなかよくならないし、やるべきことをやっていた方が気持ちが楽だったので、体調不良の中でもカレッジを受講しました。

でもそういう気持ちになれたのは、最初の就職アドバイザーの方との電話があったからですね。

社会人として本気で接してくれたジェイックのスタッフ

私がジェイックで一番すごいなって思ったのは、スタッフの皆さんが、私たちを単なる生徒ではなく、対等な社会人として本気で接してくれたところです。

だから優しさだけでなく厳しさもあるのですが、だからこそ「私たち一人ひとりに真剣に向き合ってくれている」と感じられました。

例えば、一度、講師に「自主性をもって行動しないと、社会では通用しないよ」と言われたことがあったんです。

一見厳しい言葉で、言われた瞬間はへこみました。でも社会人として本気で接してくれているからこそ、言いにくいこともきちんと言ってくれたんだと思います。

それが伝わってきたので、厳しい中にも優しさを感じて嬉しかったです。

それから、カレッジを受講するとき、最初は正直「約束多いなー」って思いました。

「時を守る、場を清める、礼を保つ」とか、早退遅刻に関しての連絡のしかたとか。でも今、社会人として働く中で、それらはもう基本中の基本だってわかりました。

報連相とかも、カレッジのおかげで常に全部頭に入ってるんですよね。

自分ができることが嬉しくて、自己肯定感を高められるので、カレッジ受けて良かったなって思います。

仲間と一致団結する楽しさ

あとはやっぱり、仲間がいたのは大きいです。

私は、前職を一週間でやめてしまったことが大きなネックになっていて、“一週間でやめてしまった私に、なんの取り柄があるんだろう”と悩んでいました。

でも私が受講したクラスには早期退職の仲間が結構いて、「早期退職を払拭するアピールポイントを、どうにか作っていこう!」とみんなで一致団結できたんですよね。

なので、逆に楽しかったです。

あと、毎日、班ごとに分かれて違う仲間とミーティングをした経験も、社会人になって生かされています。

ずっとやりたかった医療に携わる会社へ入社

ずっとやりたかった医療に携わる会社へ入社

カレッジ修了後は、女性専用フィットネスクラブ「カーブス」のフランチャイズ店を運営している会社に入社しました。

カーブスって単なる運動施設と思われがちなんですけど、全然違って、健康とか、予防医学とか医療に関わってくる仕事なんです。

最初にもお話しましたが、私は小さい頃から、医療系をやりたい気持ちが大きかったので、この会社を志望しました。

看護師の母の「自分のためではなく、誰かのために」という背中をずっと見てきて、私も“人のために働きたい”という思いがあったので、この会社の仕事がとても魅力的に思えたんです。

常に上を目指し続けられる今の仕事は負けず嫌いの私にぴったり

仕事内容は、受付や事務作業、入会希望の方へのアドバイスなど幅広くやってます。

具体的には、メンバー様のサポートを中心に、健康アドバイスとか、食事管理とか、病気に関しての正しい知識をお伝えすることとかですね。

仕事量はすごく多いです。簡単な仕事と思われがちなんですけど、命をお預かりする、すごく責任のある仕事だと思っています。

コミュニケーション能力はもちろん、医療や体に関する正しい知識を身に着ける必要がありますし、最近ではマネジメントにも関わらせてもらっています。

常に新しいことを学び続けて、新しい引き出しを作っていかなければいけないので、すごく大変です。

でも、負けず嫌いな私にとって、常に上を目指し続けられるこの仕事は、これ以上ないくらいやりがいがあります。

自分の力を出し切る感じが、オーケストラ部の時にも似てますね。

あと、カーブスには「体が変われば心が変わる、心が変れば毎日が変わる、毎日が変われば人生が変わる」っていう売り文句があるんです。

最初はあまり理解できなかったんですけど、実際働いてると、人生変わったっていう人が結構多いんです。

高齢のメンバー様の中には旦那様を亡くした方も多いんですけど、通っているうちに「自分も一緒に死にたい」っていう考えじゃなくて、「あの人の分まで頑張って、一緒に人生楽しもうって思った」って言ってもらえたり。

そういう時はやっぱり、すごくやりがいを感じます。

今後は自分を高めて、マネージャーを目指したい

自分で高みを目指し続けて、その先の目標はやっぱりマネージャーですね。

まずはマネージャーになれるくらいの成果を上げたいなって思っています。一般的にマネージャーは店舗の仕事より、本社で仕事をするイメージだと思うんです。

でもうちの会社の場合は、店舗の仕事プラスアルファでマネジメントの仕事が入るんです。

すごい激務なんですけど、それができるのは相当な信頼を得た結果なので、そこまでいけるようになりたいですね。

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