名前:S.Hさん  年齢:22歳(就職時)  性別:男性

BEFORE

職種:大学中退後フリーター

AFTER

職種:企業の研究部門や大学で使われる装置のメーカー

中高一貫校。高2の終わりぐらいから、毎日14時間ぐらい勉強した

中高一貫の学校だったので、中学時代は勉強はしませんでした。

ずっと友達とつるんだり、部活したりしてましたね。部活はバスケ部でした。

 

高校ではスキー同好会に入りましたが、練習の無い日も多かったので、練習の無い日の放課後は友達と遊んでました。

高校1~2年の頃はそんな生活でしたが、高校2年の冬ぐらいからは一気に受験モードに入りました。

 

進学校でしたが授業はレベルが低いので出ず、代わりに塾の自習室で、朝8時から夜の10時まで、土日も平日もずっと勉強してましたね。

大学は、東京の有名私大の理系学部へ。授業にはあまり出ず、遊びとバイトがメイン

大学は、東京の私大理工学部に進みました。学科は、プラスチックや繊維などの物質を扱うような学科です。

本当は「これからは農業の時代かな」と農業系の国立大学に行きたかったのですが、そちらは落ちてしまって。

受かった大学の学科は学生の半数が女子なので、それも楽しそうかなと思っていくことにしました(笑)

 

・・大学生活は遊びっぱなしでしたね。1限の授業はだいたい遅刻して友達に出席を書いてもらったり、

テスト前は、勉強を教えてもらうけどわからないから諦めちゃう

…みたいな、そんな学生でした。

 

サークルはバスケのサークルで、月4~5回練習をしてました。バイトは新宿の定食屋で、かなりやってましたね。

学生時代、一番時間を使ったのはバイトだと思います。

単位が足りず、4年時に研究室に入れず…。留年確定。

ウチの大学は、卒業までに必ずどこかの研究室に入る必要があるんです。

通常なら3年の後期に希望を出して、4年になる前後に「あなたはどこの研究室です」と発表されて、4年時はそこで研究をします。

 

でも僕の場合、3年までにとった単位が少なくて、4年時、どこの研究室にも入れませんでした。

授業に出ていなかったし、試験も難しかったので、「やっぱりな」という感じでしたね。

 

ですので、普通に「4年の今年、足りない単位をとって、来年、研究室に入って、5年で卒業しよう」と思いました。

親は「子供は子供」という方針なので、特に何も言いませんでした。

4年前期で必要単位取得、4年後期で留学、5年で研究室、という計画をたてる

4年の初めに留年が決まってから、僕は卒業までの計画を考えました。

4年の前期で、5年時に研究室に入れるだけの単位をとりきって、

4年の後期は留学に行き、5年で研究室に入りながら残りの単位をとって卒業する、というものです。

 

留学しようと思ったのは、

「就活で留年について聞かれた時に、留学に行っていれば言い訳になるかな」

と思ったのと、

「ゆくゆくは海外で自分の力を発揮したい」

とも思っていたからです。

4年の9月から2月まで、ニュージーランドへの留学を計画しました。

しかし4年前期、授業に出ず。後期は、留学に行くか、留学はやめて単位をとるか…

4年の前期、ちゃんと授業に出て単位をとるつもりでしたが、実際は出ませんでした。

周りの友達がみんな研究室に入ると、一人孤独に授業に出ることに対してどんどんモチベーションが下がっていったんです。

 

「あと数単位だから、どれかしらとれるだろう」

なんて甘く考えて、だんだん授業に出なくなりました。

 

…正直、現実逃避でしたね。

一方で、9月からの留学はもう申し込んでいました。留学に行くのが9月半ばで、前期の試験結果が出るのが9月の終わり。

 

前期の単位が厳しそうだから、留学はキャンセルして後期で5年時に研究室に行けるだけの単位をとるか。

それとも、前期の単位は厳しそうだけど、構わず留学に行ってしまうか。そんな選択でした。

留学に行く

僕は留学に行くほうを選びました。その時は、「もうどうにでもなれ」みたいな気持ちでしたね。

「単位をとれてなかったらどうしよう」ではなく、

「単位がとれてなくてもどうにかなるだろう」「そこから先は考えない」

みたいな。

 

「試験結果がどうであれ、留学には申し込んでるし、それはいこう」と。

前期の試験結果は、留学に行った直後、滞在先のニュージーランドで知りました。

ネットで発表されるので、海外からでも確認できます。

 

結局、前期でとれた単位は、ゼロ単位。何個かはとれるかと思ってましたが、ゼロでした。

後期は留学していますから、この時点で、5年時の研究室は入れないことが確定です。

研究室は6年時となり、僕は2年留年することになったんです。

中退を考えたが、一旦、帰国してから話そうとなだめられる

中退を考え始めたのはその時です。

ニュージーランドから親に連絡して、

「2年留年しなきゃいけなくなった。大学はもう辞めたいから、手続きをしてほしい。早いほうが学費が安く済む」

と言いました。

 

そしたら、親が大学の人に相談したようで、親には「今すぐ中退することはせず、とりあえず留学から帰ってきてから話をしよう」と言われました。

 

僕はそこでは受け入れつつ、2月に帰国するとすぐに、「予定どおり辞めたい」と親に話して中退しました。

中退した理由は、年下に抜かれるのが嫌だったのと、卒業できる自信がなかったから

中退したいと思ったのは、年下の人に抜かれるのが嫌だったのと、

実際、勉強面が厳しくて「何年やっても卒業できないんじゃないか」と思ったからです。

 

僕が2年留年すると、

授業は2コ下の人たちと一緒に受けて、研究室には本来1コ下の人が修士の先輩として存在する、

ということが起こります。

 

僕はその修士の人の手伝いとかをしなければならない。それは嫌だと思いました。

あと、そもそも研究室に入れるか、卒業できるか、という気持ちもありました。

授業に出なかった科目は基礎からやらなきゃいけないし、逆に授業に毎回真面目に出て試験勉強もしたけど単位がとれなかった、という科目もあります。

 

研究室に入ったら、それらのさらに応用的なことをやることになる。

それをちゃんとこなせるのか?いや、無理なんじゃないか…。心が折れてきた面もありました。

 

それで、わざわざ海外から親に連絡して、「もう辞めたい」と伝えたんです。

留学先では真面目に勉強した

一方で、留学先では真面目に勉強していました。

日本のことは考えず、語学学校でもあまり日本人と触れないようにしながらヨーロッパとかの友達と勉強したり遊んだりしてましたね。

 

いろんな境遇の人がいて、僕は今まで、大学の友達や中高一貫校の友達しかいなかったので

「自分も留年とかしてるけど、もっとやばい人もいるもんだな。

意外となんとかなるのかもしれない。日本に帰ってたらイチからやりなおそうかな」

と少しモチベーションがあがりました。

現実逃避じゃなく、ちょっと頑張ってみようかなと思ったんです。

それでも、大学を続けるという選択肢はなくて、4年が終わる2月後半、日本に帰ってきた直後に大学を辞めました。

4年の終わりの2月ですから、辞めてすぐに就職すれば、友達が就職するのと同じタイミングで就職できる、

そんな考えもありました。

 

中退については、親にはやんわりと反対されましたが、「ちゃんと就職するから」と言って賛同してもらいました。

中退して就活開始。不安は大きかった

僕が中退したことを友達はびっくりしていました。

でも僕的には、ニュージーランドで価値観が変わったこともあって

「俺は俺の生きたいように生きる」

と思っていました。なので周囲の目はあまり気にしなかったですね。

 

とはいえ、就職にあたって中退が不利になるとは思っていました。

「飲食でもパチンコでも、なんでもいいから定職につこう」という気持ちでしたね。

 

有名私大の理系学部なので、ふつうに新卒で就活すれば、名の通った会社にいけたと思います。

でも中退した自分はもうドン底で、就職も難しくてフリーターしかない、

でも頑張れば人手不足の飲食ぐらいはいけるんじゃないか、飲食でも、最初はバイトで正社員登用とかかな・・・って、

それぐらい、自分を低くみるような気持ちでした。

ネットでジェイックを発見

ジェイックを見つけたのは、そんな時です。「ここに行けば結構良さそうな会社にいけるかも」と思いました。

説明会やカウンセリングで話を聞いて、僕の話も全部して、

「研修とか面倒くさそうだけど頑張ろう」と思ってセカンドカレッジに参加することにしました。

飛び込みは嫌だったけど講義は良かった

講義で印象に残っているのは、飛び込み実習と、いろいろなためになる話ですね。

研修中、1つ前のセカンドカレッジに参加した人が来て、飛び込み実習の内容とか注意点とかを話してくれたんです。

それを聞いて、さらに行きたくなくなって(笑)。

 

「ここで心が折れた」「けど助けてもらった」とかそんなエピソードを聞いて、

「そんな苦しいのか。本当に俺、いくの??」と思ってました。

実際、大変でしたが、達成感はありましたね。

あとは、「7つの習慣」の話とか、目的と目標の話とかを聞いて

「自分の生き方は今までこうだったけど、これからはこんなふうに考えたら人生うまくいきそうだ」

と思いました。

 

人生を好転していけそうな、そんな話がたくさん聞けたのは良かったです。

カレッジ修了後、見事第一志望の会社に内定

カレッジ修了後、集団面接会に参加して、今の会社に就職しました。

第一志望の会社だったので、就職が決まった時は嬉しかったですね。

 

弊社は“金属を溶かす装置”を作っている会社で、お客さんは、企業の研究部門や大学です。

企業や大学から「新しい特性の金属や粉末を作りたい」という相談を受けて、

弊社は金属を溶かすところから冷却させるところまでのプロセスを組むんですが、

そういったところで使う装置を作っています。

 

強みは、ふつうの装置メーカーは、装置と電源とを別々に売ってたりするんですけど、

うちは全部一貫して設計しているので、何かがもし壊れても全部対応できるところです。

 

あと、こういう装置を作りたい、というお客さんのニーズにあわせてイチから設計するので、そこも強みですね。

この建物の1階で作ってます。

志望理由は、面接での印象、事業内容への興味、あと車通勤ができること

この会社を志望した理由は、集団面接会に来ていた方、今の上司なんですが、その方の印象が良かったことと、

事業内容にも興味をもったこと、あと、自宅から車通勤できることです。

 

学生時代、満員電車が大嫌いだったので、車通勤が良かったんですよね。

そういうのが総合的に良くて、この会社を第一志望にしていました。

学ぶのが楽しい、いい会社

今、入社して半年なのですが、学ぶことが非常に多くて楽しいですね。

一品モノを扱うので、毎回、新しい知識を得る必要があります。

 

あと、僕はまだ自分で売ったことはないのですが、1つ1つの商品が、安いもので400~500万、

高いもので1億円以上するので、受注した時の達成感は大きいと思います。

 

上司や先輩は、わからないことがあると詳しく教えてくれます。

そういう先輩が近くにいるのはいいですね。みんな仕事中でも親切に教えてくれますよ。

この会社に就職して、自分に自信をもてるようになった

この会社に就職して、圧倒的に自分に自信をもてるようになりました。

 

中退から就職までの2か月間ぐらいは、卑屈というか、友達に対して

「どうせ俺は中退してるんだから」「キミらとは違う世界になったんだ」

ぐらいに思ってたのですが、

今はもう、「あいつら超えられるな」ぐらいの気持ちです。

 

普通に就職した友達の中には、1年もたたずに転職を考えている人も多いんです。

「残業がすげー多い」「上司に詰められてる…」

友達からそんな愚痴を聞くことも多いんですが、

そういう人と比べたら、毎日仕事を楽しめている自分は絶対に幸せだと思います。

 

仕事も楽しいし、ウチの会社、退社時間も17時半とかですから。

「卒業はしてないけど負けてないな」って思えます。

今の目標は、お客さんをもって、ヒアリングや提案ができるようになること

S.Hさんの就職成功体験談:一品物を扱う装置メーカー

今の目標ですか?

今の僕はまだ担当のお客さんをもっていないので、自分のお客さんをもってちゃんと営業かけられるとか、

新規のお客さんへのヒアリングや提案がきちんとできるとか、そういうのができるようになりたいですね。

 

会社からはかなり期待していただいているので、

ゆくゆくは、会社を良くするような全社プロジェクトとかを任されるようになりたいと思っています。

最後に、中退して、今、このホームページを見ている皆さんへ

知らない人に向けて僕が言うのも恐縮ですが、1回セカンドカレッジに来て話を聞くだけでも、

それが人生の転換点になることはあると思います。

 

僕も、深く考えずに行ってみたセカンドカレッジの説明会が、こんなに人生を変えるとは思ってませんでした。

説明会で話を聞いて、流される感じでなく、

自分から「よしやってみよう」思えたなら、セカンドカレッジに参加したらいいと思います。

 

とりあえず、説明会に来るだけなら覚悟も準備も必要ないので、行ってみてはどうでしょうか。

頑張ってください。

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